第1話『肩車の代償』

まだ大丈夫、は大丈夫じゃない話

 

1.ルーティンになった肩車

「パパ、肩車して!」

今日もまた、息子が無邪気に飛びついてくる。

 

最近のお気に入りらしく、公園に来るたび「パパと公園に行く=肩車」になっていた。

 

三十五歳、会社員。大学時代はラグビー部で、体力には自信がある。

今もそれなりに鍛えている。

 

「よし、乗れ!」

腰を落とし、ぐっと持ち上げる。

 

最初は何の問題もなかった。

でも、肩車をするたび、じわじわと腰の重さが増していた。

 

「まだ大丈夫」と思い込んでいた。……今日までは。

 

2.突然の悲劇

「パパ!もっと高くして!」

「おう、任せろ!」

 

その瞬間——

 

---ビキィィィィ!!!

腰に電流が走る。

 

足元が崩れそうになる。

が、肩には子供が乗っている。

 

(耐えろ……!落としたらマズい……!)

 

全身に力を入れる。何とか耐えた。

でも、呼吸は乱れ、冷や汗が流れる。

 

「パパ?どうしたの?」

「……ちょっとだけ、休憩な……」

膝をつき、誤魔化すように笑う。

 

3.何とか自宅へ帰る

「パパ、大丈夫?」

「……うん、大丈夫。」

 

自分に言い聞かせるように答え、そっと立ち上がる。

(ヤバい、ちょっと動くだけでも痛い……)

 

子供がじっとこちらを見ている。

「ねえ、ママに言おうか?」

「言わなくていい!」思わず即答する。

 

「ふーん……」

 

子供は納得したような、していないような顔をしながら、小さな手を差し出した。

「パパ、手つなぐ?」

少し迷い、「……つなごうか。」となんだか頼りない声で返した。

 

いつもなら十分の帰り道が、今日はやたらと長く感じた。

 

4.すぐバレる

「おかえりー……って、パパ、何その歩き方?」

 

玄関に入った瞬間、妻に一瞬でバレた。

 

「ん?普通だけど?」

「その顔で言う?」

「……」

 

玄関にしゃがむのも、靴を脱ぐのも一苦労だった。

 

すると、子供がニコニコしながら口を開く。

「ねえママ!今日パパがね——」

(ヤバい。)

 

「パパ、腰痛そうだったよ!」

(……終わった。)

 

妻がジトッとこちらを見る。

 

「パパはちゃんと診てもらったほうがいいって。」

——無邪気な笑顔の子供からの一言が胸に刺さった。

完全に詰んだ……。

 

 

5.整形外科へ

「骨には異常なしですね。」

 

整形外科の先生は、レントゲンを見ながら淡々と言った。

 

「筋肉の緊張が強いので、しばらく安静にしてください。湿布と痛み止めを出しておきますね。」

(……ほら、やっぱりそんなに大したことないじゃん!)

と言いたかったが、実際は立ち上がるたびにズキズキするし、靴下を履くのも一苦労。

 

「……湿布だけで本当に治るのか?」

なんとなく不安を抱えながら病院を出た。

 

6.やっぱり整骨院に行ってみる

湿布を貼ってみたものの、3日経っても思ったほど良くならない。

腰の違和感は続き、立ち上がるたびに「ズキッ」と響く。

 

「……さすがにこのままじゃヤバいな。」

 

そう思いながらスマホで検索し、決めていた整骨院に予約を入れた。

 

——そして、予約当日。

 

「よろしくお願いします。」

「はい、よろしくお願いします。では、腰の状態を見ていきますね。」

 

担当の先生は柔道整復師で、落ち着いた雰囲気の30代後半くらいの男性だった。

触診しながら、うんうんと頷いている。

 

「腰、ガチガチですね……かなり負担がかかっていますよ。」

「そ、そうですか……」

 

施術を受けると、確かに少し楽になった。でも、まだ芯の部分に違和感が残る。

 

「コルセットを使うと、動くときの負担が減るので、しばらくつけてみてください。」

「……コルセットですか。」

「寝るときは必ず外すようにしてくださいね」

 

柔整師の先生はカルテを確認しながら、ふと口を開いた。

「もし違和感が続くようなら、鍼灸を試すのも手ですよ。」

鍼灸?」

「はい。実は僕も、昔腰を痛めたことがあって……そのとき、鍼灸に助けられたんです。」

「先生もですか?」

「ええ。学生時代、スポーツをやっていて腰を痛めましてね。最初は整形外科とリハビリで様子を見ていたんですが、なかなかスッキリせず……そこで試しに鍼灸を受けたら、一気に楽になったんです。」

 

「そんなに効くもんなんですか?」

「個人差はありますが、深い筋肉にアプローチできるのが鍼灸の強みです。特に、パルス治療を入れると、深部の筋肉までしっかり緩められるので。」

「パルス治療?」

「鍼に微弱な電気を流して、筋肉をほぐす方法ですね。」

(電気……?なんか怖そうだな……)

「まぁ、まずは様子を見て、それでも違和感があれば考えてみてください。」

「そ、そうですね……(できれば避けたい……)」

 

——こうして、俺の「まだ大丈夫」は、ゆっくりと崩れ始めた。

 

7.初めての鍼灸

妻が予約してくれた鍼灸院を訪れる日がやってきた。

「では、力を抜いてくださいね。」

担当は女性の鍼灸師だった。整体のときより肌を出すことになり、少し緊張する。

 

「特にお尻周りの筋肉がかなり硬くなっていますね。ここにも鍼をしますね。」

(えっ、お尻にも刺すの!?)

思わずビクッとなるが、抵抗する余裕はない。

 

プスッ。

 

(……あれ?)

「え、もう刺さっているんですか?」

「はい、何本か入っていますよ。」

 

想像していたような激痛はなく、むしろ気持ちいいレベルの刺激に唖然とする。鍼が深いところに入ってくる刺激に驚いたものの想像していたよ激痛はなかった。

だんだんと筋肉が緩む感覚が新鮮で、この気持ちよさはクセになりそうだなと独りごちた。

 

8.ついに回復

 

鍼灸を受けた後、受ける前に比べて驚くほど体が軽かった。

 

「すごい……めっちゃ動きやすい……!」

「でも、当分無理はしないようにしてくださいね。楽になると途端に動き回る方が多いので!」

「はい……気をつけます……。」

 

数回の施術を受けると、腰の痛みはすっかり落ち着いていた。

(……もっと早く来ればよかった。)

 

9.再び公園へ

鍼灸を受けて数日後——

「パパ、もう肩車できる?」

「いや、まだリハビリ中だからな……!」

「えー?またチクってしてもらえば?すると楽になるんでしょ?」

「……ハ、ハハハ」

 

(次は痛くなる前に、ちゃんとケアしよう……)

 

息子が公園で遊ぶ姿を見守りながら、静かに決意した。